Last Update 2018.12.1
       
 ◆P-6(100系)惜別記念乗車券〔京阪神急行電鉄〕  1972年/昭和47年11月発行

  1972年/昭和47年11月,京阪神急行電鉄(1973年,阪急電鉄に社名変更)が,
  P-6(100系)電車の惜別を記念して発行した記念乗車券です。

  P-6(Passenger Car 6)形は,
  阪急京都線の前身になる新京阪鉄道が1927-29年/昭和2-4年に製造した都市間高速電車です。
  新京阪鉄道から移行した京阪電気鉄道では,デイ100に形式変更されました。
  P-6(デイ100系)は,当時の電車では最大の19m級車体,最強の200馬力(150kW)級電動機を装架,
  最高速度120km/h運転可能なアメリカンスタイルの大型高速電車でした。
  戦前,大阪・京都府境の大山崎付近の新京阪線(現 阪急・京都本線)と国鉄東海道本線の並行区間において,
  当時の国鉄を代表する特急列車「燕」を抜き去ったというエピソードがあります。

  戦後は,京阪神急行電鉄(現 阪急電鉄)京都本線の主力電車として運用され,
  1970年/昭和45年開催の日本万国博覧会の観客輸送に活躍しましたが,
  1971年/昭和46年11月21・23日に100系惜別急行が運転され,京都本線・急行運用から離脱しました。
  翌年の1972年/昭和47年に京都本線運用から離脱,千里線のみの運用になりましたが,
  その後,順次廃車になり,1973年3月までに全車廃車になりました。

  この記念乗車券は,100系終焉の1972年11月に発行されました。