Last Update 2015.12.1 | ||
●1973年/昭和48年1月発行の鉄道ファンです。 1973年当時,蒸気機関車の運用線区の縮小(無煙化)に伴い, 各地でSLが記念運転されるなどSLブームの真っ盛りでした。 ●表紙は,鉄道100年事業として開設された梅小路蒸気機関車館のC62 2です。 |
【掲載記事】 〔カラー〕勢揃い梅小路17人衆 〔カラー〕汽笛一斉新橋を 〔カラー〕太陽国体のお召列車 ・はなやかだった鉄道100年 〔カラー〕ロイヤルポニー ・かま屋のこぼれ話 ・シェイのお祭り 〔カラー〕FOR A BIG STATE,A BIG SHAY 〔カラー〕ボールドウィンの走る観光鉄道 ・岩倉明のヨーロッパSLめぐり ・北イタリアの電車点描 ・べるりん物語 ・横浜市電物語 ・こっそり ひっそり めだたずに ・世に出たボールドウィン ・47.10ダイヤ改正の表情 ・流電を動態保存へ 〔カラー〕47.10羽越本線電化完成 〔カラー〕常磐線勿来海岸を行く特急“みちのく” 〔カラー〕ついに京都本線から消えたデイ100 〔カラートピック〕阪急5300系 ・新車ガイド 阪急5300系デビュー ・京成電鉄に初の通勤冷房車が登場 ・九州にお座敷列車登場 ・国鉄鋼製電車 157系 ・最古の御料車外装復元 ・東京付近国鉄路線の変遷について REPORT POST/ニュース・スクラップ きっぷコーナー 車両のうごき 車内放送 さろんかー 付図 昭和47年10月現在,SL運転線区 付図 485系200台交直流特急形電車形式図 |
|||
この当時の鉄道ファン誌は, すでに,豊富なカラーページにより, 記事が紹介されていました。 トップ記事は, 1972年/昭和47年,鉄道100年を記念して開館した 梅小路蒸気機関車館に展示されている 16形式17輌の蒸気機関車を紹介しています。 当時,蒸気機関車の運用は縮小していましたが, 北海道,東北,信州,関西,山陰,九州には, 蒸気機関車が運転されてました。 蒸気機関車の記事では, 汐留-東横浜間を走ったC577牽引の記念列車や 鹿児島太陽国体で運転された C56牽引のお召列車を紹介しています。 47-10ダイヤ改正の記事として, 羽越本線の電化により, 日本海縦貫線の電化が完成したこと, “いなほ”“ひたち”に運用のキハ81形が, 南紀特急“くろしお”運用に転出したこと, 北陸特急“白鳥”がキハ82形から 485系電車に変更になったことが 紹介されています。 流電を動態保存への記事では, 当時,飯田線に運用されていた モハ52系電車の動態保存を提案しています。 モハ52系は,京阪神地区の急電(急行電車)用に 1936〜37年/昭和11〜12年に登場した 流線形の電車でした。 新車ガイドでは,阪急電鉄が, 5100系に続いて, 冷房装置を搭載した5300系を京都本線に 投入したと紹介しています。 当時は,冷房車の投入が始まったときで, 京成電鉄に初の通勤冷房車モハ3500形が 登場したことも紹介しています。 全国の鉄道情報を紹介するPOSTでは, 食堂車オシ16形・オシ17形の近況として, 47-3のダイヤ改正で, 急行瀬戸,出雲の特急格上げなどにより, 急行瀬戸,十和田に連結されていた オシ16形全車が休車, 急行瀬戸,出雲,桜島,雲仙に連結の オシ17形が廃止になり オシ17形が急行きたぐに,十和田に残るのみに なったことを紹介しています。 |
|||
阪急電鉄・京都本線から デイ100系が引退したことを紹介しています。 デイ100系は,阪急京都線の前身である 新京阪鉄道が1927〜29年/昭和2〜4年に 製造した大型高速電車でした。 当時は,東洋一の電車と豪語されました。 最高速度120km/hのデイ100系は, 戦前,大山崎付近で, 特急“燕”を抜き去ったエピソードがあります。 1970年の万博輸送に貢献したあと, 1971年11月,デイ100系惜別急行が運転され, その後は,京都本線,千里線の普通に運用, 1972年に京都本線から引退し, 1973年に全車廃車になりました。 |
|||
鉄道ファン誌は,車両のうごきの欄で 国鉄の機関車,電車,気動車,客車の 新製,改造,転属,廃車を 紹介しています。 この1月号では,1972年9月分を紹介しています。 蒸気機関車の転属,廃車の記事を 左に抜粋して示しました。 梅小路蒸気機関車館の開館に合わせて, 全国から保存機関車が, 梅小路機関区に転属しています。 九州,山陰,関西のSL運転線区では, 蒸気機関車が転属,廃車になっていたことが 判ります。 1972年/昭和47年10月現在のSL運転線区が, 下の図として,付けられていました。 この図から,北海道,九州の多くの線区に 蒸気機関車が運転されていたことが判ります。 |