Last Update 2016.9.1
     
 ●約50年前の1968年/昭和43年12月発行の鉄道ファンです。
  全国特急ネットワークの基礎になった昭和43年10月ダイヤ改正を特集しています。

 ●表紙は,福井国体のお召列車を牽引した8620形蒸気機関車 88635,28651です。
【掲載記事】
 よん・さん・とうに拾う
 ファンからみた よん・さん・とう
 福井国体のお召列車
 福井・お召列車撮影行雑話
 陸蒸気で明治村へ,関西線に特別列車“明治号”走る
 ファンのための鉄道施設の話5
 英国の軽鉄道ところどころ6
 相模鉄道50年の歴史と車輌6
 フォトサロン 雄々しき阿里山の機関車
 阿里山森林鉄路のシェイ式機関車
 建設線における義経号の一族
 Ventilator けむりの出る音楽
 南大東島のナローゲージ
 ある秋の一日 頸城鉄道を訪ねて
 国電ア・ラ・カルト 両毛線電化完成

 REPORT
   頸城鉄道一部廃止
   43-10時刻改正後の呉線SLの運用
   呉線電化工事について
   磐梯急行電鉄運転休止
   東京都電一部廃止
   大阪市電 阪堺線・くだら線廃止
   都電5501号安住の地を得る
 POST
 ニューススクラップ
 車両のうごき
 さろんかー
 車内放送
 付録 国鉄キハ181ディーゼル動車
    キサシ180食堂車ディーゼル付随車






   トップ記事は,全国特急ネットワークの基礎になった
 昭和43年10月 ダイヤ白紙改正です。
 “よん・さん・とう”として話題を集めました。

 東北本線・盛岡-青森間の複線電化完成により,
 東北に電車特急網が広がりました。
 また,583系寝台特急電車が活躍を始めました。

 磐越西線に特急“あいづ”,
 高山線に特急“ひだ”,
 日本海縦貫線ブルートレイン“日本海”が,
 新設されるなど
 華々しいエポックが多くありました。


 1968年10月,福井国体のお召列車が運転されました。
 名古屋・米原間はEF58(東京区),
 米原・田村間はDE10(米原区),
 北陸本線電化区間はEF70(敦賀第二区),
 越美北線を8620(福井区),
 小浜線・宮津線・播但線を
 敦賀第一区,西舞鶴,豊岡区のC58
 播但線・山陰本線をDD54(福知山区)が牽引しました。


 南大東島のナローゲージでは,
 大東製糖のナロー鉄道を紹介しています。
 総延長は27kmあり,
 島内を一周する一周線,西港に向かう西線,
 亀池港に行く亀池線,そのほか北支線・南支線が
 あると報告しています。
 当時,蒸気機関車はすでに廃車になっており,
 ガソリン機関車1両とディーゼル機関車4両が
 活躍していると報告しています。


 REPORTでは,頸城鉄道一部廃止,
 両毛線電化完成などを紹介しています。

 両毛線は電車化により,
 上野を結ぶ急行“わたらせ”2往復が,
 運転を開始しました。
 直通快速には165系,快速には115系,
 ローカル列車には70系が運用されました。

 当時,C62,C59が運用されていた呉線について
 よん・さん・とう以降も
 C59が健全に活躍していると報告しています。
 一方,呉線は昭和45年の電化完成を目指して,
 工事が始まっており,
 撮影の障害になる電柱が建つのは残念としています。


 POSTでは,
 よん・さん・とうで
 上野-青森間直通普通列車2往復が廃止になったこと
 奥羽本線・秋田-横手・院内・米沢間の
 旅客列車が無煙化されたこと,
 東北本線・青森-盛岡間に運用のC60が余剰になり,
 C6017が熊本区に配転したと報告しています。

 東京都心を走る山手線の103系の一部が,
 8輌編成から10輌編成に増結され,
 今年度中には10輌編成化されると報告しています。


 相模鉄道50年の歴史と車輌では,
 5000形,6000形を紹介しています。

 5000形は,東急5000形に似た
 前面デザインが大きな二枚窓の車輌でした。

 6000形は,20m・片側4扉両開きの電車であり,
 長く相模鉄道の主力代表電車として活躍しました。
 当時の塗色である緑濃淡にグレーと赤帯の車輌が
 紹介されています。

 フォトサロンでは,
 台湾・阿里山のシェイ式機関車を紹介しています。
 シェイ式は歯車駆動が特徴で,
 阿里山には,18トンの2シリンダ式と
 28トンの3シリンダ式の機関車が働いていました。
 広告は,カツミの鉄道模型セットです。
 当時も,スケールモデルは高価なため手がとどかず,
 先ずは,このような基本セットから始めたものです。

 天賞堂からは,EF58スケールモデルの発売予告です。
 天賞堂モデルは当時から高嶺の花でした。