Last Update 2012.9.1
         
    ANA 全日本空輸
   撮影当時の1984年/昭和59年の全日空機の多くは,
   1969年/昭和44年のボーイング737-200導入時に採用された
   旧デザインである通称 “モヒカン塗装” でした。
   垂直尾翼には,レオナルド・ダ・ヴィンチのヘリコプターの図案をモチーフにした
   全日空の社章が塗装されていました。


   その後,ボーイング767以降は,現行の “トリトンブルー塗装” が採用されています。

   全日空 “モヒカン・ジェット” は,1969年/昭和44年の1番塗装機以降,
   1989年/平成元年の最終機の運航に至る約20年間,日本の空に就航しました。
   全日空 “モヒカン・ジェット
の就航期間は,
   大阪万国博覧会(1970年開催)に象徴される
高度経済成長期であり,
   航空機による旅行が一般的になった時代でもありました。
   また,純民間航空会社として創業した全日空の事業拡大期の象徴でもありました。


   モヒカン塗装”の全日空機は,日本が元気であった昭和をイメージします。

   2009年/平成21年,モヒカン塗装が,ボーイング767-300型機に復刻されています。

   会うのが楽しみです。
*Photo画面をクリックすると,大画面でご覧いただけます。
  ボーイング747は,
  ジャンボジェットとして親しまれる旅客機です。
  航空機による安価な大量輸送を実現しました。

  全日空,日本航空は,
  多数のボーイング747を保有していましたが,
  現在,日本籍の商用旅客ボーイング747は,
  全日空の747-400D 8機になっています。

  写真の機材 JA8147は,
  2004年/平成16年に退役・解体されました。

  ボーイング 747    JA8147

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走路
  トライスターは,ロッキード社が起死回生のため
  投入した航空機です。

  全日空は,1974年/昭和49年から導入,
  21機保有しました。

  この導入に関連して発生の
  ロッキード事件(当時首相の田中角栄収賄)が
  記憶に残りっています。

  ロッキード L-1011 トライスター

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走路

  トライスターは,
  日本では,全日空のみが導入しました。

  当初は,全日空の主力機と目されましたが,
  輸送量と航続距離の大きいボーイング747や
  双発で高効率のボーイング767に押され,
  1995年/平成7年に全機退役しました。

  ロッキード L-1011 トライスター  JA8516

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走路
  ボーイング727は,
  全日空が初めて導入したジェット旅客機でした。
  1965年/昭和40年から,ボーイング727を43機
  (100型12機,200型31機)を投入しました。

  全日空のボーイング727は,
  100型が1973年/昭和48年までに全機退役,
  200型は1984年/昭和59年から退役が始まり,
  1990年/平成2年に,全機が退役しました。

  ボーイング 727    JA8343

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走路
  ボーイング767-200は,2人乗務機として
  1981〜1994年/昭和56〜平成6年に生産された
  767型機の最初期モデルです。
  全日空では,2004年/平成16年に退役しました。

  ボーイング767-200の後継機である
  B767-300も初期に導入された機体は,
  製造から20年以上経過しているものがあり,
  B787による順次置き換えが予定されています。

  ボーイング 767-200    JA8488

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走路
  ボーイング737は,
  客席数100-200席のジェット旅客機で,
  7000機以上が製造されています。

  全日空は,200型と200Advanced型を導入し,
  地方路線のジェット化に貢献しました。
  200型と200Advanced型は,
  2003年/平成15年まで使用されました。

  ボーイング 737    JA8417

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走路
  ボーイング737は,後継機である500型に続き,
  700型,800型が導入されてます。

  ボーイング 737    JA8456

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走路

  YS-11は,日本航空機製造が製造の
  双発ターボプロップエンジン方式の旅客機です。
  182機(国内民間75機,官庁34機,輸出76機)が
  製造され,日本をはじめ各国で使用されました。

  全日空は,1970年代に30機の保有をピークに,
  1980年/昭和55年頃から順次退役させ,
  1991年/平成3年の新潟-仙台のフライトが,
  最後の運航になりました。


  YS-11    JA8755

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走路

  日本近距離航空は,1974年/昭和49年,
  離島などの輸送改善を目的に設立されました。
  1987年/昭和62年,
  全日空資本のエアーニッポンとして再出発し
  2012年/平成24年,
  全日空に吸収合併されました。

  1978年/昭和53年,全日空から
  YS-11型機と羽田-大島線,羽田-三宅島線の
  移管を受けています。

  YS-11    JA8726

  撮影 1984.8.18
      羽田空港・B滑走