Last Update 2014.9.1 | ||
“新快速”快走 | ||
1972年/昭和47年,新幹線岡山開業で余剰になった急行型電車153系を新快速に投入, 153系新快速は,最高速度110km/hで,大阪-京都を29分で結びました。 新快速は京都-西明石間の複々線区間では,特急列車と並走しました。 当時,特急“雷鳥”を追い抜くことで,その俊足ぶりを示しました。 153系新快速はライトグレーの車体にブルーラインの塗色で,15分間隔で運転されました。 |
1975 山崎〔東海道本線〕 | ||
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荷物列車を抜く新快速 1934年/昭和9年の吹田-須磨電化で, 急行電車と緩行電車が 運行されるようになりました。 その後,急行電車は, 京都-大阪-神戸を結ぶ電車になり, 快速,新快速に発展しました。 1975 山崎〔東海道本線〕 |
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阪急京都線と交差する新快速 国鉄は,1970年/昭和45年, 京阪神で新快速の運行を始めました。 その後,中京圏でも, 新快速は設定されました。 1975 山崎〔東海道本線〕 |
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俊足を誇る新快速 京阪神地区では,国鉄に対して, 私鉄のサービスが優位でした。 とくに,大阪-京都間は, 阪急電鉄,京阪電鉄が,専用車両で, クロスシートの料金不要の特急を 走らせていました。 こうした背景から,私鉄に対抗できる 俊足の新快速が誕生しました。 1975 山崎〔東海道本線〕 |
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緩行線を走る新快速 戦前の1936年/昭和11年, 急行電車として流線形の52系電車を, 登場させました。 この急行電車は,1937年/昭和12年, 料金不要で,京都-神戸間を, 大阪・三ノ宮・元町だけの停車で, 京都-大阪を34分, 大阪-三ノ宮を25分で結び, 当時の特急“燕”よりも早く走りました。 1975 山崎〔東海道本線〕 |
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低運転台の153系新快速 1980年/昭和55年, 私鉄特急に対抗のため, 117系が新快速に投入され, 153系新快速は引退しました。 1975 山崎〔東海道本線〕 |