Last Update 2023.12.1 | |
TOPICS | ||
関西私鉄離合の証 | ||
近鉄と南海 南海と阪和電鉄 京阪と新京阪 戦時統制 沿線案内 | ||
関西急行鉄道と南海鉄道の合併で近鉄へ 1944-47年 | ||
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わが国3番目の私鉄であった阪堺鉄道を譲受けた南海鉄道(1895年設立)ですが, 戦時統制により関西急行鉄道(大阪電気軌道を母体に設立)と合併し, 近畿日本鉄道になりました。 終戦後に旧南海鉄道職員主導の分離運動が起こり, 高野山電気鉄道(高野下-高野山)に旧南海鉄道の路線を譲渡して 1947年に南海電気鉄道が発足しました。 |
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近畿日本鉄道案内図 1944-47/昭和19-22年発行と推定 大阪線・南大阪線と南海本線・高野線など |
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昭和/戦前戦中戦後の関西私鉄の沿線案内を収集しています。 関西私鉄は合併・分離を繰り返して路線を拡充, 戦時統制による再編を経て,現在に至っています。 発行時期の異なる沿線案内に掲載の路線図から 各私鉄の合併・分離の経過を読み取ることができます。 沿線案内は,各私鉄路線の縮小拡大経過の証です。 昭和の関西大手私鉄のエポックになった合併・分離に関わる路線図を紹介します。 ➀関西急行鉄道が南海鉄道と合併して近畿日本鉄道に統合 ②南海鉄道が阪和電鉄(現 JR阪和線)を合併 ③京阪電鉄が新京阪鉄道(現 阪急京都本線)を合併 |
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関西大手私鉄の合併・分離の経緯 | ||
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京阪電気鉄道は,都市間を専用軌道で結ぶインターアーバン路線として 1920年代に,新京阪鉄道と阪和電気鉄道を建設しました。 高性能電車を導入し,新京阪鉄道の“超特急”は天神橋-京阪京都間を34分, 阪和電気鉄道の“超特急”は阪和天王寺-阪和東和歌山間を45分と 画期的な高速で大阪-京都,大阪-和歌山を結びました。 現在,新京阪鉄道は阪急 京都本線,阪和電気鉄道はJR 阪和線になりました。 |
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南海鉄道と阪和電鉄(現: JR阪和線)の合併 1940-44年 | ||
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京阪電気鉄道の阪和間参入の目論みにより, インターアーバン(高速都市間連絡)のコンセプトで 阪和電気鉄道が1929年に阪和天王寺-阪和東和歌山間を開業しました。 在来路線の南海鉄道と競合,熾烈な乗客獲得競争が展開され 南海鉄道は豪華電車・高速電車の導入など接客サービスで対抗しました。 戦時統制により南海鉄道と阪和電気鉄道は1940年に合併しましたが, 僅か4年後の1944年に,元阪和電気鉄道の路線(南海山手線)は, 戦時買収により運輸通信省に譲渡され,国鉄 阪和線になりました。 |
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南海電車(南海鉄道)沿線御案内 1942/昭和17年4月発行 南海本線と山手線(現 JR阪和線) |
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京阪電鉄と新京阪鉄道(現: 阪急京都線)の合併 1930-43年 | ||
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京阪電気鉄道はインターアーバン(高速都市間連絡)のコンセプトで, 淀川西岸に大阪-京都間の新路線を敷設するため 1922年に新京阪鉄道を設立,1928年に天神橋-西院間を開業しました。 当時日本最大最強電車P-6を導入,都市間高速輸送を実現しました。 京阪電気鉄道は,京阪本線と新京阪線の相乗効果を期待して, 開業2年後の1930年に新京阪鉄道を吸収合併しました。 戦時統制により1943年に京阪電気鉄道と阪神急行電鉄が合併し 京阪神急行電鉄になりましたが, 1947年に戦時統制で合併した旧南海鉄道が近畿日本鉄道から分離すると 京阪出身者が旧京阪電気鉄道の京阪神急行電鉄からの分離を主張して, 1949年に新京阪線を京阪神急行電鉄に残して, 京阪電気鉄道が分離,新京阪線は京阪神急行電鉄 京都線になりました。 |
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京阪電車(京阪電気鉄道)沿線御案内 1931/昭和6年以降発行 京阪本線と新京阪線(現 阪急京都線) |